クライガルダ公国

クライガルダ公国(Dukedom of Craygaleder)

 ローラシア連邦の南、旧WGMAO諸国の中では最も西にあり、最もローラシア連邦と不仲であった国。
血統途絶による旧ゲベルスティン王家の滅亡にあわせ、当時宰相を務めていたクライガルダ公爵が新たに建国し発展した。
 後の政変で一族が追放された後もクライガルダ公の名は国名として残り続け、現在に至る。


 この国はローラシア連邦とは、良くも悪くも比較的古い仲である。
かつてはローラシア共和国と一時期同盟関係でもあったがローラシア大恐慌の煽りを受けて経済破綻し対ローラシア感情が悪化する。
 その後8年早く立ち直りを果たしたローラシア共和国の助けを受けながら経済の復興を成し遂げ、後に東側の経済圏に対抗するために再度経済協定を結び、後のWGMAO成立後はローランド王国、ルーゼニア共和国に次ぐ三番目の加盟国となった。


 東西戦争の終結による東西永年親和同盟の締結に伴いWGMAOが消滅。
 第三次世界大戦時にはローラシア・大才帝国側について参戦し、ベルトア連邦撃退に成功する。
 しかし(  )年頃より支配権の空白地帯であるアゼルガルデ(ローラシア側呼称アズガルド)地方の領有権を巡りローラシア連邦と対立し、ついには武力衝突に発展する。
 後にアズガルド紛争と呼ばれるこの紛争は、物量・兵士の練度・兵器性能の全てにおいて圧倒的に凌駕しているローラシア連邦軍を相手にクライガルダ軍は他のどの国も予期しえなかった大奮戦を見せ、戦闘勃発から三週間での終結を予想していたローラシア軍の見立てを大きく狂わせた。


 戦闘勃発から一ヶ月過ぎた頃、この紛争の最中に起こった霧弥島紛争(東煌州国で勃発した紛争で、現在保護国となった華穂民主共和国とすぐ隣の島国出日皇国の二国に分裂するきっかけとなった紛争)によりこの紛争をこれ以上長引かせたくないローラシア連邦は既にかなり制圧を進めていたがこの時点で停戦を打診。
結果としては最後の最後まで粘り通したクライガルダは全体のわずか10%あまりの面積ではあるもののアゼルガルデ地方の領有権を勝ち取るに至った。
ちなみに、ローラシア連邦がこの時に得たアズガルド地方南方の都市群とその周囲を独立させて建国したのがアズガルド都市共和国である。

人口約4600万人、首都 オーロン(Auron)

  • 最終更新:2009-01-03 02:57:54

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