歴史(アクティシア共和国)

創成時代

島の誕生

プレート運動により大陸から分離した巨大な島が更に分離・隆起等を繰り返した結果、誕生したのがアクティシア諸島と考えられている。
また、海底火山の活動により海面上に露出した島もあり、全ての島がどのように誕生したか、完全には判明していない。

地表からは火山性ガスが噴出し、活発に噴煙をあげる火山の影響で島には長く、人が近づくことは無かった。
大陸や他の島からも距離があり、容易に到達することができなかったのである。
生物もごく限られた種しか生存することができなかった。それでも、火山活動が収束にむかっていたアクティシア島では森林が形成されていった。

アクティシア諸島南東に海溝があり、海洋プレート(北南央洋プレート)上にある諸島は毎年、僅かながら南東方向、海溝方面に移動している。

本島南部・パディ島、ウェア島の地層には海底堆積物が多数発見される。

大陸文化との接触

約300年前、南央洋を渡ってきた探検家により、自然豊かなアクティシアが発見される。
それよりはるか以前に渡ってきた原住民との接触を図った探検家は独自の文化圏を有する事や、香辛料や果物が豊富にあり、且つ水源が海岸近くに有る事から、貿易中継基地として利用できると本国へ報告する。
その後の調査で洞窟内に壁画が発見された。それによると1万年前にはすでに島に人類が上陸しており、狩りの様子などが描かれていた。さらにパシミンバレー島に隕石が落下して、地形が大きく変わり、大津波も発生して多くの住民が死亡したと記されていた。
実際、3640年に行われた地質調査によると、10万年前に落下した隕石によるもので、その衝撃は南央洋を挟んだゴード大陸沿岸にまで津波となって襲ったという。この調査により、壁画に描かれていた隕石を当時の原住民が目撃していたか、その話が伝説として受け継がれていたのか、現在も研究が進んでいる。

近代


  • 最終更新:2018-07-10 16:02:55

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