歴史(ローラシア連邦)

ローラシア共和国成立まで


ローラシア共和国成立~覇道と失墜

(編集中)

 ローラシア共和国成立後、徹底的なインフラ整備と大規模な産業改革により加速度的経済発展を続け、国内の基盤はいよいよ堅固なものとなりつつあった。
 またこの頃には武力・経済力・工業力のいずれにおいても列強各国から一歩抜きん出た存在になりつつあった。
 そのような情勢におき、次第に膨張する市場と産業における資源需要はそれまでの国内を重視した政策だけでは追いつかなくなり、やがてそれらを国外に求めるようになる。
 (   )年にはティスタリア大陸に進出。
ゴルドア共和国の首都レミンバーデを陥落させかの国の植民地化をなしてからは積極的に領土拡張政策を推し進め、戦争と植民地獲得によって生じる需要は国内産業の更なる成長にも繋がった。
 また、(   )年勃発の第一次ゴード大戦や(   )年の第一次世界大戦時には主戦国に対し大量の武器弾薬や鉄鋼などの軍需物資を輸出、ローラシア経済は戦時特需により一層の肥大化を見せる。
 その後も順調に植民地の獲得を続け、(   )年には一時世界最大の領土と経済圏を有する国家となる。
 しかし、行過ぎた領土拡張政策は軍事費の増大や他国の反発を生み、次第にコストが利益を上回り始め、徐々に経済の焼けつきを見せ始める。
 (   )年、軍事予算の更なる増大による国債発行過多により、ローラシア経済はほぼ破綻状態となる。
それまで獲得してきた植民地のいくつかを手放すも殆ど焼け石に水と言うに等しく、それどころか独立させた国家の中には敵対国家と結び、やむなく軍を出動させざるを得なくなるが故に戦争となるという悪循環にすら陥りつつあった。
 更にそれに追い討ちをかけるように、信用を失ったローラシア通貨ルオールが暴落し、経済恐慌に陥る。
 この影響は世界中に及ぶも、新たな経済軸を構成しつつあった大陸東の大才帝国の側には影響は比較的軽微であり、以降ローラシア経済が復興を遂げるまで世界経済の主導権は彼の国に譲ることとなる。
 これら経済恐慌を呼ぶきっかけとなった領土拡張政策についてはローラシア史の汚点やローラシア史上最悪の失策と呼ばれ、代々政治家達の間ではタブーとされている。

注)当時は独自の通貨を用いていたが、現在は世界統一通貨シムオリオン(§)を用いている。


第三次ゴード大戦~東西戦争勃発

   詳細は別資料(準備中)参照。


東西戦争終結後


 東西戦争によるゴード大陸諸国の消耗を期にベルトア連邦が急激に勢力を伸ばし始め、大才帝国領やローラシア領の島々を次々に不法占拠するという暴挙に出る。
さらに西の桜華人民共和国も日に日に影響力を増し始める。

(  )年( )月( )日
 国家存亡に関わる危機的状況に陥りつつあった情勢より、ローラシア共和国海軍旗艦グラルフリート艦上にて、両国の間で休戦協定が成立。
その4ヵ月後に大才帝国(  )にて停戦協定が成立し、東西戦争は終結。
大戦の禍根を棚上げし、ベルトア連邦や桜華人民共和国の侵攻に対し共同戦線を展開。
以降、第三次世界大戦の幕開けとなる。


第三次世界大戦勃発~東西永年親和同盟締結

 ベルトア連邦の急速な勢力拡大に伴い、三度目になる世界大戦も秒読み態勢に入りつつあり、ローラシア共和国と大才帝国の間では同盟締結に向けての準備が進められつつあった。


 (  )年( )月( )日、ベルトア連邦は大才帝国に対し宣戦を布告。
 第三次世界大戦の火蓋が切って落とされた。
予想よりかなり早い宣戦布告に焦り、急遽予定を前倒しして東西同盟を締結。これによりローラシア側にも宣戦布告がなされた。
 この危機に共同で当たることになる。
 主な役割分担は、ローラシアは西の桜華人民共和国の牽制と対ベルトア戦を行い、大才帝国はベルトア戦に専念するというものであった。
 しかし今だ東西戦争の傷癒えきらぬ両国は圧倒的物量で迫るベルトア連邦との戦力差を埋めきれず、劣勢を覆せない。
 さらに、牽制していた筈の桜華人民共和国もローラシア共和国に対して宣戦を布告。
 この窮地を脱するため、やむなく放棄していた核兵器開発の再開をに踏み切り、****年にクローリン島にて初の核実験を実行する。

 
 (  )年( )月( )日にて、桜華人民共和国との間に休戦条約が、ベルトア連邦との間に停戦条約が締結され、第三次世界大戦は終結する。


 翌年(  )月( )日に、東西同盟は破棄され、新たに東西永年親和同盟が結ばれたことで正式に永久同盟関係が築かれた。

  • 最終更新:2009-07-12 16:00:35

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